言葉による自己表現の研究をライフワークとし、コミュニケーション、プレゼンテーション、 能力開発などを専門としている高嶌幸広さんの著書「ほめ上手・叱り上手になる本」では人を育てることを車の運転に例え、次のようなことが書かれています。

オートマチック車は、アクセル、ブレーキ、ハンドルの三つの操作で運転する。
その三つの操作がそれぞれ「アクセル=ほめる」「ブレーキ=叱る」「ハンドル=教える」に当たる。
前に進む(育てる)には、アクセルを踏む(ほめる)。
ブレーキを踏んで(叱る)ばかりでは、なかなか前に進まない(育たない)。
まして目的地にたどり着くには、確かなハンドル操作(教える)が欠かせない。

簡単な対比ですが、とても分かりやすく書かれていると感心してしまいました。

1994年に日本で5件目の世界遺産として登録された「古都京都の文化財」の構成資産である宇治上神社に次のような張り紙があるそうです。

「ここは神社です。
皆様が心を静めてお参りをされる場所です。
テーマパークでもファミリーレストランでもありません。
サービス業ではないのです。
『お客様は神様』の自論は通用しません。
本当の神様は目の前においでです。
当然、不敬な行動は叱ります。
親御さんがお子様をしっかり御監督なさって下さい。
お子様を叱るのは、親の責任ですし、親が不行き届きで、周りの人に叱っていただいたなら、逆切れではなく、『ありがとうございます』です。
自分本位な考えの大人になられないように、正しい教育で共にお子様の健やかなる成長を見守りましょう」


今まで多くの知的障害の子どもと接してきました。
「障害があるから」大目に見るのではなく「障害があるからこそ」正しいこと、間違っていること、進むべき将来をはっきり教えることが大切だと思います。
本人の意思を尊重することも大切です。
本人がやる気になるまで待つことも大切です。
しかし、「障害があるから」というシールドの中で全て本人の意向まかせにすることが正しいとは思いません。


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